南禅寺界隈の庭園
 ―小川治兵衛の庭園を中心に―


京都の名園  
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MAP  邸宅の庭 





東山連峰の麓に広がる南禅寺の境内と、周辺に点在する別荘群。大都市にありながら、日本屈指の名園が集まる最高級の保養地です。
写真正面の高い建物は南禅寺三門、その左横にはわが母校
いまから思えばこのような素晴らしい環境に通学していたのに、見事なほど庭園や寺院、ましてや別荘などに興味を持っていなかった高校時代。後悔…。






京都有数の高級別荘街でもある南禅寺周辺。
明治政財界の要人が競って別荘を建て、七代目小川治兵衛などに作庭を依頼しました(写真は野村碧雲荘)。








無鄰菴 
無鄰菴の茶室、露地

こちらは明治の元勲・山県有朋の別荘「無鄰菴」(むりんあん)。近代日本庭園の先駆けとなる画期的な庭園です。
決して広い敷地ではないのですが(一般住宅よりは全然広大ですが)、とても奥行きが感じられる小川治兵衛の作庭。
この無鄰菴は山県にとって3番目の「無鄰菴」。この前に造営した第二無鄰菴は、高瀬川源流庭園として残っています。


 高瀬川源流庭苑 
 廣誠院(伊集院兼常旧宅)

第二無鄰菴(高瀬川源流庭園)のすぐ近くにある廣誠院。
山縣有朋とも親交が深く、小川治兵衛が師匠と仰いだとされる伊集院兼常の旧宅です。








何有荘

蹴上から南禅寺に向かう途中に建つ何有荘(かいうそう)日本庭園。
最近は公開されていないようです。洋館やトンネルもある大邸宅で、庭園は小川治兵衛作。








流響院(旧織寶苑)

たまたま特別公開されていた小川治兵衛作庭の流響院(織寶苑=しょくほうえんの時代に訪問)。
南禅寺周辺にはこのような別荘が数多くありますが、
所有者が二転三転していたりなど、なかなか公開されることも少ないです。







白河院

市バス「法勝寺町」前にある白河院日本私立学校振興・共済事業団の宿泊施設になっています。
池の水は疎水を利用したもので、小川治兵衛の庭らしい趣き







大力邸 双龍庭園

南禅寺山門近く、円形の入り口が印象的な大力邸(たいりきてい)。
十一代目小川治兵衛が作庭した「双龍庭園」を眺めながら、お茶や食事が楽しめます。








野村碧雲荘

野村財閥の創始者、野村徳七翁の別荘として造成されました。なんと内部に17棟の建造物があり、全てが重要文化財。
庭園は小川治兵衛と長男・保太郎(白楊)の作庭で、見事な池泉庭園となっているようです。公開される機会はほとんどありません。








料庭八千代

京料理と旅館で有名な「八千代」の青龍庭。
こちらも小川治兵衛の庭です。湯豆腐を食べながら鑑賞することができます。








大寧軒の池泉庭園  大寧軒の露地庭と庭石

南禅寺塔頭の大寧軒。明治時代の茶人で「藪内流」家元であった藪内紹智(やぶのうちじょうち)が立案した庭園です。
流水の中に建つ「三柱鳥居」で有名ですが、 露地風の趣が特に絶品








聴松院 

相阿弥が作ったとされる池泉庭園。以前は湯豆腐料理を提供していましたが、現在は非公開です。








京都市国際交流会館

南禅寺参道の入り口、無鄰菴の側にある京都市の国際交流施設。
小川治兵衛の庭が残されていますが、あまり話題になることもなく、隠れた名園と言うべき存在です。








ウェスティン都ホテル「葵殿庭園」




ウェスティン都ホテル「佳水園」

都ホテル内にある日本庭園。葵殿庭園は小川治兵衛が晩年に作った立体的な庭になっています。
佳水園は、村野藤吾と小川白楊(七代目治兵衛の長男)の合作。静けさとダイナミックさが共存しています。










南禅寺方丈庭園

もちろん南禅寺も名庭の宝庫。方丈の庭は江戸初期の「名勝」庭園です。







天授庵 庭が好きになったきっかけとなった記念すべき塔頭







金地院 南禅寺塔頭。庭園は特別名勝







南禅院 南禅寺塔頭。夏は新緑、秋は紅葉、冬は雪――季節の移ろいと静寂さ







永観堂 南禅寺の境内を抜け、東山高校を挟んで北側に位置する浄土宗の名刹です。紅葉であまりにも有名






南禅寺界隈の洋風建築

おそらく日本、いや世界でも有数の庭園都市である京都。
その中でもこの界隈ほど庭園が集中している地域は珍しいのではないのでしょうか。
對龍山荘(たいりゅうさんそう)や洛翠荘など他の庭園も公開されますよう。
疎水が建設されたことから、煉瓦造りの近代建築も点在しています。




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